高松地方裁判所丸亀支部 昭和36年(ワ)101号 判決 1963年9月16日
原告 浜谷伝 外六五名
被告 扶桑塩業組合
主文
被告は原告等それぞれに対し別紙第二目録賃金債権額欄記載の各金員及びその各々に対する昭和三六年八月三一日以降支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
本判決は仮に執行することが出来る。
事実
原告訴訟代理人は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告等(以下工場労組員と称する。)は被告(以下使用者組合と称する。)に雇傭されている従業員である。使用者組合の従業員をもつて組織する労働組合には、扶桑塩業職員労働組合(以下職員労組と略称する。)と扶桑製塩工場労働組合(以下工場労組と略称する。)の二つがあり、工場労組員は工場労組の全組合員である。使用者組合は製塩及び副産物の製造並びに販売を業とするものであり、所在を異にして製塩工場と化学工場を擁している。
二、工場労組は昭和三六年六月七日、同年度夏季手当一・五カ月分(一人平均金二二、九〇〇円)の支給及び臨時工三名の本採用を使用者組合に対し書面で要求し、同月二〇日、使用者組合との間で第一回の団体交渉を持つたのに続いて、同月二四日、七月五日、同月一〇日、同月一三日と計五回に亘り団体交渉を持つた。右臨時工三名の本採用の点については、第一回団体交渉において、今回はこれを要求しないことに合意がなされた。夏季手当の点については、その支給額に関し双方で実質的な折衝が行われたのは第四回団体交渉までであつたが、双方の最終の主張は、工場労組は一・二カ月分の支給を要求するのに対し、使用者組合は〇・七三カ月分の支給をもつて答えるにあつた。
三、その間、七月一一日に工場労組は臨時組合大会を開き、四八対一の無記名投票による決議によりストライキ権を確立したが、団体交渉の早期妥結を図るため、同月一三日、香川県地方労働委員会(以下地労委と略称する。)に斡旋を申請し、同月一四日には工場労組員六六名全員をもつて同月一九日午前五時より翌二〇日午前五時まで二四時間の争議行為を行う旨使用者組合宛文書(甲第一号証)をもつて通告した。これに対し使用者組合は同月一七、一八両日は臨時休業する旨を工場労組員各個人宛通知して臨時休業した。しかるに同月一八日、工場労組は地労委より今から現地斡旋に入る旨の連絡を受けたため、その斡旋の円滑に行われんために、右争議行為として予定していたストライキを中止することとし、同日午後七時頃二回に亘り、使用者組合に対し、都合により右争議行為を中止して一九日以降平常通り就業する旨文書(甲第二号証、同第四号証)をもつて通告すると共に、同月一九日以降同月二四日まで連続して工場労組員は就労の用意を整えて出勤した。
四、然るに、使用者組合は、同月一七、一八両日の臨時休業に引き続き、更に同月一八日午前九時三〇分頃、同月一九日午前零時から今回の争議が完全に解決するまでの期間、製塩工場及び附属施設の一切の区域、並びに化学工場及び附属施設の一切の区域について作業所閉鎖をなす旨工場労組宛通告し来ると共に、右一八日午後工場労組の争議行為を中止して就労する旨の文書(甲第二、四号証)を受領したに拘らず、敢えて右通告のおり同一九日午前零時以降は製塩工場及び化学工場の門を閉ざし、製塩工場内の工場労組事務所に至る板囲いの道を製塩工場内に作成する等の設備をして右作業所閉鎖区域への工場労組員の立入を現実に阻止し、もつて同月一九日より同月二四日までの六日間に亘り、工場労組員の就労を拒否した。
五、工場労組員は右六日間就労すべく出勤したが、使用者組合の右作業所閉鎖による就労拒否により就労できなかつたものであつて、使用者組合は正当の理由なく労務の受領を拒否したのである。従つて工場労組員は債権者の責に帰すべき事由に因つて履行をなすことができなかつたのであるから反対給付を受ける権利を失わないところ、もし使用者組合の就労拒否がなくて就労したならば取得すべき工場労組員の各労働契約上の右六日間の賃金債権の額は、各々別紙第二目録記載の額と同額であり、何れの債権も履行期を経過している。
六、よつて、原告等工場労組員は被告に対し、各々別紙第二目録記載の額と同額の金員及びそれらに対する各履行期の後である昭和三六年八月三一日より支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるため本訴に及んだと述べた。(証拠省略)
被告訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
一、請求原因第一項、同第二項の各事実は認める。もつとも原告等主張の第四回の団体交渉で、工場労組は一・二カ月分を要求し、これに対し使用者組合は、企業がいわゆる斜陽産業なるに拘らず昭和三五年度の夏季賞与一人平均一〇、三四〇円よりも一人平均九六〇円宛増額したる一一、三〇〇円を支給する旨答えたが、妥結に至らず、更に交渉を続行することとなつたものである。同第三項の事実中、甲第一、第二、第四号各証の文書が原告等主張の日時に使用者組合に到着したこと、及び同月一三日、工場労組が地労委に斡旋を申請したこと、使用者組合が工場労組に対し同月一七、一八両日の臨時休業を通知して、臨時休業したことを認め、その余の事実を否認する。同第四項の事実中使用者組合が工場労組員の就業を妨害したとの点を否認し、その余の事実は認める。同第五項の事実中、工場労組員の右六日間の各賃金債権額が原告等主張のとおりであり、何れの債権も履行期を経過していることは認めるも、その余の点は争う。
二、使用者組合は当初工場労組から争議行為を行う旨の通告を受け、次いで右争議行為を中止する旨の通告を受けたが、工場労組は当時既に一種の争議行為を現実に行つており、更に第二波以下の争議行為を行うおそれが現存していたので、使用者組合は已むなく争議終了まで作業所閉鎖をしたものであり右作業所閉鎖は左記の事由により適正なものであつて、原告等主張の就労不能は債権者の責に帰すべき事由に因るものではないから工場労組員は反対給付を受ける権利を取得していない。
(一) (1) 工場労組、使用者組合は同月一三日の第五回団体交渉において、
イ 双方再考して翌朝までに妥協案を持ち寄ること、
ロ 団体交渉は同月一五日に続行すること、
を約した。然るに工場労組は右第五回団体交渉散会後の、同日午後三時五〇分頃、使用者組合に対し一方的に、団体交渉は一時打切つて、地労委に斡旋を申請することを通知し来つた。それに対し使用者組合は工場労組に対し、工場労組の右措置は第五回団体交渉における双方の約定に反するものであり、双方間には尚団体交渉による妥協の余地があるので、団体交渉の継続を望む旨回答したのであるが、翌一四日午前八時三〇分頃、工場労組は突如として使用者組合に対し、請求原因第三項記載の如き争議行為の通告をして来た。その通告の直後、工場労組事務所の黒板に「第一波二四時間スト決行、云々」と大書してあつたので、工場労組は右通告に云う争議行為の内容がストライキであることを被告組合に秘したまま右通告に及んだことになる。これらは何れも労働争議において労使が拠るべき信義則に反する。
(2) 使用者組合の工場は機械設備の安全を保持するため、争議期間中も相当員数の保安要員を必要とするのであり、昭和三五年四月三〇日失効したる工場労組、使用者組合間の労働協約中にもその旨の規定が存し、その失効後も右保安要員の必要性については工場労組もこれを承知していたに拘らず、工場労組がその全組合員六六名をもつてする争議行為を通告し来つたことは、工場労組の争議権の濫用である。
(二) (1) 工場労組員は同月一七日より使用者組合製塩工場正門前路上に大天幕を張り蓆を敷き、そのうち約四〇余名は各自鉢巻をしてそこに昼夜座込み、使用者組合に対し威圧を加えるは勿論、右工場に出入する者に威圧を加え、右工場に出入する自動車の通行を阻害したのであるが、右行動は工場労組が使用者組合に対し、争議行為中止の通知をなした後である同月一九日午前九時頃まで続いた。更に工場労組員は右に引続き、右大天幕を右工場正門前より約一町半南方の行幸橋北詰に移転し、そこに赤旗数本を立て附近の民家に「闘争本部」なる看板をかかげ、白鉢巻をした工場労組員四、五〇名が屯し、労働歌を合唱して気勢をあげ、間もなく附近の国道脇の荒神社前にも同様の天幕を張り、赤旗を立て、白鉢巻をした工場労組員一〇数名が屯して気勢をあげると共に、同日午後三時頃には工場労組員は殆んど全員が一団となつて赤旗数本を押し立てて労働歌を高唱しながら右工場正門前に押寄せて喊声をあげ、或る者は正門を土足で激しく蹴り、或る者は正門を激しく敲く等の暴力を加えて開門を迫り、更に右工場裏門にも廻つて同様の暴力を加え、且つ騒いだ。
(2) 工場労組の争議行為中止の通知書(甲第二号証)には、七月一九日の争議行為は「都合により」中止と記載されてあり再び争議行為をなすことあるべしと解釈された。
(3) 工場労組は、かつて昭和三四年一一月、坂出市坂出町所在、三和塩業組合の労働争議において、三和塩業労組を応援して波状ストを行つた経験を有するものであり、殊に現工場労組の組合長である原告浜谷伝は当時工場労組の有力な執行委員であり、当時の工場労組組合長たる原告河田忠雄等と共に右争議の指揮をとつた。而して右三和塩業の波状ストは、三和塩業労組が使用者たる三和塩業組合に対し、昭和三四年一一月二三日付で、同日一二時より翌日一二時まで二四時間ストライキを決行する旨通知し、一旦翌二四日付で右ストライキを解除して直ちに操業復帰する旨通知したのに拘らず、再び同月二五日付で、同二五日一二時より翌日一二時までストライキを決行する旨通知し、そのままストライキに突入したものであつた。
(4) 工場労組はまた昭和三一年夏、坂出塩業組合における労働争議に参加し、右組合の工場を不法占拠して流血の惨を呈する争議に及んだこともある。
(三) 工場労組がストライキを決行すれば、使用者組合は製塩部門において一日につき製塩不能による損害少くとも一五〇万円、化学部門において一日につき苦土カリ、塩化マグネシウムの生産不能による損害少くとも一〇万円、一日につき計一六〇万円の損害を受ける。斜陽産業者である被告にとつて、右損害は堪え難いものがある。本件作業所閉鎖は右のような損害から企業を防禦するため已むを得ざるに出た正当なものである。
と述べた。(証拠省略)
理由
一、いずれも成立に争のない甲第一号証ないし第五号証と弁論の全趣旨によれば、工場労組員が使用者組合の従業員であり、使用者組合には職員労組と工場労組の二つの労働組合があるところ、工場労組員はいずれも工場労組の組合員であること、工場労組は昭和三六年六月七日、同年度夏季手当一、五カ月分(一人平均金二二、九〇〇円)の支給及び臨時工三名の本採用を使用者組合に要求し、その点につき同月二〇日、二四日、七月五日、一〇日、一三日と計五回に亘る団体交渉を行つたが、夏季手当の支給額につき双方に主張の一致しないものがあり、工場労組は同月一三日に地労委に斡旋申請をなし、更に同月一四日、工場労組員全員をもつて同月一九日午前五時より二四時間に亘り争議行為を行う旨使用者組合に通告(甲第一号証)した。そして使用者組合は同月一八日午前九時三〇分頃には、同月一九日午前零時から今回の争議解決まで、使用者組合の製塩工場、化学工場及び各々の附属施設の一切の区域につき作業所閉鎖をなす旨工場労組に通告したこと、そこで工場労組は同日午後七時頃、右争議行為を中止して一九日以降平常通り就業する旨使用者組合に通知(甲第二号証)した。これに対し同日午後八時三〇分頃、使用者組合は工場労組に対し争議行為中止の通知にかかわらず未だ争議は完全に解決していないのであるから、現段階では作業所閉鎖を解除して就業させることはできない旨回答(甲第三号証)したが、これに対し、更に工場労組は使用者組合の右回答は諒解に苦しむとして、明一九日は平常通り就業させるよう重ねて申し入れる旨の書面(甲第四号証)を使用者組合へ送付したこと、しかるに、使用者組合は、工場労組に対し、作業所閉鎖の見解は右回答書(甲第三号証)のとおりである旨の書面(甲第五号証)を送付し、当初の方針どおり同月一九日以降は閉門その他の事実行為によつて右作業所閉鎖区域への工場労組員の立入を拒否して作業所閉鎖を完了し、以後、そのような状態が同月二四日まで六日間継続されたこと、及び工場労組員の右六日間の賃金債権の額は、各々別紙第二目録記載の額と同額であり、何れの債権も履行期を経過していることはいずれもこれを認めることができる。
ところで作業所閉鎖(いわゆるロック・アウト)とは、労使間における労働関係についての意見不一致による紛争を自己に有利に解決する手段として使用者が一斉に労働者を一時的に作業所たる物的施設から事実上排除し、作業所を自己の支配下におき労働者たる相手方に圧迫を加える行為であつて、使用者に認められた殆んど唯一の争議行為をいうのであるが、右に説示の事実関係に徴すれば、使用者組合が前示のような事情から同月一七、一八両日の臨時休業中に次第に事実上作業所閉鎖のための施設をしてその準備を整えた上、同月一八日午前九時三〇分頃、工場労組に対してなした通告により同月一九日午前零時から作業所閉鎖が成立し、その時より同月二四日まで六日間これが継続したものと解せられる。
二、そこで工場労組から就労の請求があつたにかかわらず使用者組合のなした右作業所閉鎖による工場労組員の就労拒否が昭和三六年七月一九日から同月二四日まで六日間工場労組員の使用者組合に対する雇傭契約上の債務たる労務供給義務の履行不能を招来せしめた点についてそれが民法第五三六条第二項にいう債権者の責に帰すべき事由に因るものというべきか否かにつき検討する。
作業所閉鎖は労資対等の原則により使用者に認められた争議行為であるから、労働者に許された争議行為に一定の超えることのできない限界があるように、作業所閉鎖にもその限界がある。例えば使用者の行為が不当労働行為に該るとかその他権利の濫用に亘る場合は勿論、先制的攻撃的なものであるときは多くの場合不当違法の作業所閉鎖となるものというべく、換言すれば作業所閉鎖は労働者が使用者に著しい損害を及ぼすべき争議行為に出ている場合ないしはかかる争議行為に出る危険性が十分にある場合等争議行為によつて発生し又はその発生の危険性ある著しい損害から企業を防衛する必要上緊急止むを得ない場合でなければ容認されるべきでない。それ故にかかる緊急已むを得ない状況下になされた作業所閉鎖による就労拒否でなければ、これがために労働者の雇傭契約上の債務たる労務供給義務の履行不能を招来せしめてもそれは民法第五三六条第二項にいう債権者の責に帰すべき事由に因るものと言うべきである。
以下使用者組合が同月一九日以降六日間継続してなした作業所閉鎖の適否について按ずるに、前示甲第一号証ないし第五号証いずれも成立に争のない甲第六号証ないし第八号証、乙第四号証、同第五号証乃至第八号証の各一、二、証人小山武次、同菅正三郎、同永美益夫、同萩原孝平、同宮本義雄の各証言の各一部及び原告本人久米昭司、同宮内正毅各尋問の結果の各一部及び検証の結果、右冒頭説示の事実並びに弁論の全趣旨によると次の事実を認めることが出来る。昭和三六年度分の夏季手当の支給額につき労使双方に実質的な討議の行われたのは作業所閉鎖以前では、第四回団体交渉までであつたが、その終了当時労使双方の主張の間には一・二カ月分と〇・七三カ月分の相違があつた。工場労組は、第五回団体交渉をひかえた同月一一日の組合大会でストライキ権を確立し、拡大執行委員会を設けてその具体的な執行をこれに委任した。しかし右組合大会がストライキ権を確立したのは使用者組合との将来の交渉に一定の期限をきるのが争議を早急に妥結せしめるために得策であるとの考えと、職員労組が工場労組と同じ一・五カ月分の夏季手当を要求しながら既に〇・八七カ月分で妥結していること、及び前年度の夏季手当が支給された七月一〇日を既に経過していることの焦りによるものであり、右委員会としては工場労組には当時ストライキをするだけの財政的余裕もなかつたので、実際にストライキをすることはなるべく避ける意嚮であつた。更に右委員会は使用者組合との団体交渉に力不足を感じ、地労委に斡旋方を申請しようとし、その斡旋に期待するところがあつたが、地労委は労使双方の態度から適当な時期をみて、効果的な斡旋作業に這入るため、一般的に申請があつても直ちには斡旋に這入らないのを通常としたので、工場労組は同月一四日、主として地労委の斡旋を促進する目的で使用者組合に対し前記争議行為の通告に及ぶと共に、その旨を地労委に通知した。
一方使用者組合は、工場労組より右争議行為の通告に接した直後、工場労組事務所の黒板に「第一波二四時間スト決行、云々」と大書してあるのをみて、右争議行為がストライキであることを認識したため、同月一五日にはそれに対処して同月一九日以降作業所閉鎖をなすことを決定し、その準備をするため稼動予定日である同月一七、一八両日は臨時休業することとし、その旨各前日の夜工場労組員各個人に電報で通知すると共に、同一七日は製塩、化学各工場の正門及び裏門を閉ざし、その周囲にバリケードを築き、同一八日には更に製塩工場正門に「塩業組合の業務の都合により製塩工場の工員全部に限り本日臨時休業する。」「許可書なきものは入門を禁ず。」と大書した看板をかけ、その頃までに右工場内に板囲いの通路を完成し、且つ右工場内にある工場労組事務所のドアを右通路に直結する一カ所以外全て閉鎖し、工場労組員はゴミ焼場附近の所定の個所から右板囲い内の通路を辿つて工場労組事務所に入る他は、右工場内の任意の個所へ立ち入ることが出来ないような設備をなした上、同一八日午前九時三〇分頃、工場労組に対し、明一九日午前零時から前記の如き作業所閉鎖をなす旨の通告をなした。そのための製塩工場及び化学工場へはその各正門及び裏門を通るほか従来出勤のため用いた方法をもつてしては自由に立ち入ることは出来ない状態であつた。
ところが工場労組は、同月一八日夕刻、地労委より現地斡旋に入る旨通知を受けたので、既に使用者組合に対し争議行為の通告をした趣旨の大半は達せられたと考え、且つ争議行為をやらないことを使用者組合に通告した方が、右斡旋を成功に導く道でもあるとの考えから、同日午後七時頃、明一九日の争議行為は都合により中止し、明一九日は平常通り就業する旨文書(甲第二号証及び同第四号証)をもつて二度に亘つて使用者組合に通知した。
しかし、使用者組合は工場労組の右争議行為中止の通知は戦術にすぎず、昭和三四年の三和塩業の波状ストのように一旦は中止の申し入れをしておき乍ら、必らずや再びストライキの手段に訴えるであろう、或は作業所閉鎖を解けば工場は工場労組員に占拠されて、使用者組合は甚大な損害を蒙るであろうとの考えから、翌一九日には右「臨時休業」及び「許可なきものは入門を禁ず」の二つの看板をはずすと共に、製塩工場、化学工場の各正門に改めて、同月一九日午前零時から今回の争議の完全解決まで右各工場につき作業所閉鎖をなす旨の掲示をした。そして右の作業所閉鎖は同月二四日夕刻、労使間に〇・八三ケ月分と工場労組員全体に二五、〇〇〇円を夏季手当として支給することで交渉が妥結した日まで継続した。以上の認定を左右するに足る証拠はない。
右認定事実から判断するに、使用者組合が前記同月一八日午前九時三〇分頃工場労組に対して前記作業所閉鎖の通告をなすに至るまでの経緯を見ると、工場労組が同年六月七日から開始せられた同年度夏季手当の要求に関し、五回の団体交渉を持ち、その間に工場労組の組合大会決議によりストライキ権を確立した上、一方には同年七月一三日に地労委に斡旋の申請をなし、他方同月一四日には工場労組員全員をもつて同月一九日午前五時より二四時間の争議行為を行う旨使用者組合に通告し事実上二四時間ストライキを表標していたので、使用者組合は同月一五日右争議行為を不法と断定して、これに対する防衛措置をとるため、工場労組員に対して同月一七、一八日の両日を臨時休業する旨通知した上、休業し、その間に作業所閉鎖の設備をなしてその準備を整えた上、同月一八日午前九時三〇分頃には作業所閉鎖の通告をなし、その後工場労組においては地労委から斡旋に這入る旨の通知に接したので、同日午後七時頃以後、二回に亘り使用者組合に対し右争議行為を中止して同月一九日以降平常通り就業する旨の通知をしたのに拘らず、使用者組合はストライキ発生の危険性ありと判断して、予定通り同月一九日午前零時から作業所閉鎖に突入し、製塩工場及び化学工場への工場労組員の立入を現実に阻止し、もつて同日より同月二四日までこれを解除しなかつたのである。この点につき被告は、答弁事実二、のとおり、(イ)工場労組の行為は、元来労働争議における労使の拠るべき信義則に反し、争議権の濫用に亘るものであり((一)(1)(2)参照)、(ロ)工場労組並に工場労組員の当時の態度言動並に従前の行動等から判断して争議行為再開の危険性が十分にあり((二)(1)(2)(3)(4)参照)、(ハ)且つ工場労組のストライキ決行により使用者組合の蒙るべき損害は莫大である((三)参照)旨抗争するので順次検討する。
(イ) 先づ工場労組のなした争議行為の通告が信義則に反するものかどうかの点については、原告本人宮内正毅尋問の結果によれば、第五回団体交渉終了後、工場労組組合長浜谷伝が使用者組合をおとずれ、「この交渉は吾々では解決できないので、地労委に斡旋を依頼しようと思う」旨通知しており、使用者組合がそれに同意しなかつたとは云うものの、約束した次回期日の前に工場労組が地労委に斡旋の申請をしたからと云つても、工場労組が斡旋を申請した意図は前認定のとおりであつて何ら非難するには当らず、また数回の団体交渉を持ちながら容易に妥結に至らなかつたので工場労組はやむを得ず争議行為の通告に及んだのであり、かかる通告をなすにつき格別の妨もないものと云うべきであるので、工場労組のなした右通告には被告主張のような信義則違背はない。
次に工場労組のなした争議行為の通告が争議権の濫用に亘るかどうかの点については、証人永美益夫の証言並に検証の結果によれば、使用者組合の工場は通常機械設備の安全を保持するため、相当員数の保安要員を必要とするものであり、ただ本件争議行為の通告のあつた当時は休運整備中であつたため、稼動中の場合程はその必要がなかつたけれども、なお数名の保安要員を必要としたことが認められるので、工場労組がその全組合員(従業員)をもつてする争議行為を通告したのは、争議期間中の保安要員についての配慮を欠いているとの非難は免れないけれども、右証人の証言によれば、使用者組合は右争議行為の通告を受けたので、緊急に役員会及び総会を開いて工場労組員等による工場占拠、ないしは工場労組員と使用者組合の他の職員との摩擦の起きることなども考慮して早急に作業所閉鎖をすることに決し、保安要員には使用者組合の職員を充てれば一時しのぎはできると考えてそれを充てることとし、工場労組に対しては組合員全員に対して前同月一七、一八の両日を臨時休業する旨を通知して休業し、そのころから既に作業所閉鎖のための施設を整備して作業所閉鎖の準備を整えていたことが認められる。してみるとその当時としては保安要員の点はあまり問題にはならなかつた状況にあつたものということができるばかりでなく、使用者組合は同月一八日午後工場労組から争議行為を中止して全員就労する旨の通知を受けとりながら、先に通告したとおり翌一九日午前零時から作業所閉鎖により工場労組員の作業所内への立入を拒否したので結局工場労組はストライキをなすには至らなかつたのであるから、右のような争議行為の通告をしたことをとらえて直ちに争議権の濫用であるとはいい難い。
(ロ) 次に、工場労組並に工場労組員の態度言動並に従前の行動等から判断して、当時争議行為再開の危険性が十分にあつたかどうかの点につき考えるに、いずれも成立に争のない乙第六、七、八号証の各一、二、証人永美益夫、同萩原孝平、同三浦数一の各証言並に弁論の全趣旨によれば、被告主張の答弁事実二、の(二)(1)(3)(4)に記載の各事実の存在及び工場労組の争議行為中止の通知書には「七月一九日の争議行為は都合により中止する」旨記載せられていたことが窺知できるので、使用者組合が、前示七月一八日の二回に亘る争議行為中止の通知にもかかわらず、工場労組ないし工場労組員の右のような従前の行動或は当時の態度言動等から判断してストライキ再開の危険性ありと考えたとしてもこれを全面的に非難することはできないけれども、工場労組において既に同月一三日に地労委に斡旋申請をなしており、その他の事情からなるべくストライキをすることは避ける意嚮であつたことは前認定のとおりであるにかかわらず、使用者組合においては、そのような点についての慎重な検討を加えることもなく、同月一四日になされた争議行為の通告、その他の行為によつて、これに対処するため、同月一五日には同月一九日以降作業所閉鎖をなすことを決定し、この決定に基ずき、同月一七、一八日の臨時休業中に右作業所閉鎖の施設を整え、同月一八日午前九時三〇分頃には作業所閉鎖の通告をなしていたものであつて、その後同一八日午後六時頃から翌一九日午前八時過まで地労委の斡旋がなされたが、これも不調に終つたのである。このような情況下においてなされた使用者組合側の右の如き態度、行為に対し、工場労組員において前記のような態度、言動に出たとしても、それが直ちにストライキ再開に通ずるものともいいきれないのであつて、特に工場労組は右一八日の午後七時頃には二回に亘り争議行為の中止と就労を請求しているのであるから、使用者組合としては更にその真意を確かめた上で、一九日からの作業所閉鎖の実施を再考すべきであつた。
しかるに使用者組合においてはこれをなすことなく既定方針どおり一九日午前零時から作業所閉鎖に突入して、工場労組員の作業所への立入を拒否してその後も労働者の請求にかかわらず、作業所閉鎖を解除せず、就労を拒否し続けてきたのである。同月一九日以降工場労組並に工場労組員において被告主張のような態度に出たのは使用者組合のとつた右のような措置ないしは態度に誘発された面も大いにあると見るべきであつて、これまた必ずしも被告主張のようにストライキ再開の意図に出た行為とは断定し得ない。結局工場労組並に工場労組員の行為、態度等からみて、工場労組には使用者に対し著しい損害を及ぼすべき争議行為ないしはかかる争議行為に出る危険性が十分にあつたとはいえない。
(ハ) 最後に被告主張の損害からの企業防衛の点について判断する。
使用者のなす作業所閉鎖は、労働者が使用者に著しい損害を及ぼすべき争議行為に出ている場合、あるいはかかる争議行為に出る危険性が十分にある場合等、争議行為によつて発生し又は発生のおそれある著しい損害から企業を防衛する必要上緊急已むを得ないものでなければ、容認さるべきでないことは前述のとおりである。それ故に(ロ)項記載の如く工場労組が争議行為に出る危険性が十分には認められない本件において単に労働者たる工場労組がストライキその他の争議行為に出れば使用者たる使用者組合に著しい損害を及ぼすおそれがあるというだけでは、使用者組合のなした作業所閉鎖の正当性の理由付となすことはできない。
(ニ) 以上綜合するに、使用者組合が、同月一九日になした右作業所閉鎖は、先制的、攻撃的なものであつて、工場労組の使用者に対する著しい損害を及ぼすべき争議行為ないしはかかる争議行為によつて発生し又はその発生の危険性ある著しい損害から企業を防衛する必要上緊急已むを得ざるに出たものとはいい得ないと共に、これを継続すべき事由がないのにかかわらず、同月二四日まで継続したものであつて全部違法なものと判断されねばならない。そして使用者組合は右のような六日間の違法な作業所閉鎖によつて、その間、労働者たる工場労組員の労務供給義務の履行不能を招来せしめたのであつて、それは民法第五三六条第二項にいう債権者の責に帰すべき事由に因るものというべきである。
三、それ故、原告等工場労組員が被告に対し、同月一九日以降同二四日まで労務供給義務を履行することが出来なかつたのは専ら債権者たる被告の責に帰すべき事由によるものとして、債務者たる原告等は被告に対し民法第五三六条第二項本文により右期間内の賃金の支払を受ける権利がある。したがつて、被告は原告等それぞれに対し別紙第二目録賃金債権額欄記載の各金員及びその各々に対する履行期の経過後たる昭和三六年八月三一日以降支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて原告等の本訴請求は全て理由があると認めて之を認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 橘盛行 藤原寛 橋本喜一)
(別紙省略)